MiG-15搭載エンジン 「クリモフ VK-1」の計算

ジェットエンジン.Calc

遠心圧縮機ジェットエンジンの計算モデル

F-86Fのエネルギー機動ダイアグラムの作成と並行して、MiG-15bisのダイアグラム(機動性能計算.xlsx)を作成していました。※1
F-86Fダイアグラムの作成は、ブログ「F-86のエネルギー機動ダイアグラム作成」にあるよう、比較的スムーズにいきましたが、MiG-15bisは上昇率が実機資料と大きく異なり、その原因を見ていくとMiG-15搭載エンジン「クリモフ VK-1」の圧縮機が遠心式であるためでした。

※1.フライトエンベロープ、エネルギー機動ダイアグラムは、特定の1機種を眺めるのもよろしいですが、複数機種を同一条件で比較するのもよろしいです。
「エネルギー機動ダイアグラム」は、ボイドの考える実戦で優位に立つための性能を可視化し、「A機はB機より有効」をプレゼンするためのツール。

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クリモフ VK-1の諸元
クリモフVK-1は、バイパス流の無いターボジェットでアフターバーナーもありません。
エンジン推力計算モデルへ以下の諸元を設定します。

表1.「クリモフVK-1」計算モデルの諸元

緑セルが「クリモフVK-1」固有の諸元、青字が調整値です。
全圧損失、エントロピー効率は、「ジェットエンジン」:鈴木弘一著の【数値例4.2】から流用した値を基準にし、一律2.56%の性能悪化をさせて計算推力値の調整をします。
表1の諸元で求まるエンジン推力(海面上静止状態)は、2.56%の調整で資料値と合致します。

表2.「クリモフVK-1」計算モデル推力と実機資料の比較

全圧損失、エントロピー効率による推力値の調整は、F-86Fの「J47-GE-27」が2.11%性能悪化、MiG-15bisの「クリモフVK-1」が2.56%性能悪化と、アメリカとソ連の技術力の差が垣間見えるのか?

MiG-15の機体諸元
エンジンの次は機体の諸元設定です。以下の「MiG-15bis」の諸元を使用します。

表3.「MiG-15bis」計算モデルの機体諸元

調整対象の飛行機効率、及びマッハパラメータの最大揚力係数、有害抗力係数、ラム圧力係数は、F-86Fと同じ設定(後退翼、機首空気取入)で「開始」します。誘導抗力係数は、MiG-15bisの翼幅で計算。

MiG-15の上昇率
F-86とMiG-15の比較としてよく挙がるのが上昇率です。以下の機体重量が分かる実機資料と機体重量の設定を合わせた「機動性能計算.xlsx」で算出した上昇率とを比較します。

図1.F-86とMiG-15の上昇率の比較 出典:「ジェット戦闘機入門」(立花正照著:光人社NF文庫

Try1.F-86Fからの最小変更モデル
表1、表2を設定し、機体総重量を図1中のミグ15ビス5021.2kgに合わせたMiG-15bis計算モデルの上昇率は図2になります。

図2.F-86Fからの最小変更MiG-15bis計算モデルの上昇率(前出実機資料と重ねる)

高度11,000m以上の成層圏では良く一致していますが、対流圏での計算モデルの上昇率は実機資料より大きくなります。(海面上昇率13,845[feet/分])

Try2.上昇率が一致しない原因の考察
上昇率の舞台には「推力」「有害抗力」「誘導抗力」の3人が立っています。
実機資料と計算モデルの上昇率が一致しない犯人を探るのに、実機MiG-15の上昇率推移の傾向(脚本)を見ていくと、「トロポポーズに変曲点がある」のが特徴です。

トロポポーズを境界として推移の傾向が変わるもの(3人の行動に影響を与える状況設定)として大気温度があります。大気密度(動圧)は変曲点が無く滑らかに推移していきます。※1
大気温度の推移は音速の推移となりマッハ数も変曲します。
ただし、マッハ数パラメータ(最大揚力係数、有害抗力係数、誘導抗力係数、ラム圧力係数の助演者)は、亜音速領域なので一定値で扱います。

これから、動圧、マッハ数パラメターから求まる「有害抗力」、「誘導抗力」の推移は、変曲点が無い滑らかなものとなり、残りの「推力」は大気温度に影響を受ける※2ので、「推力が怪しい。」となります。

※1.ブログ「F100-PW-100ターボファンの計算-2」の「国際標準大気」を参照。
トロポポーズより低い対流圏では、大気温度は高度の上昇に伴って低下していくが、トロポポーズより高い成層圏では大気温度は-56.5度で一定になります。

※2.ブログ「F100-PW-100ターボファンの計算-2」の「「大気のジェットエンジンへの影響」を参照。

Try3.遠心圧縮機
推力(エンジン推力計算モデル)が怪しいとなり、変曲点無きF-86と変曲点を有するMiG-15のエンジンの相違点を挙げると、圧縮機の形式があります。
F-86F搭載「J47-GE-27」の圧縮機は軸流式、MiG-15bis搭載「クリモフVK-1」は遠心式です。

図3.「クリモフ VK-1」(出典:Marián Hocko, PhD. http://www.leteckemotory.cz/motory/vk-1/)

(私の聖典)「ジェットエンジン」:鈴木弘一著で、「遠心圧縮機」を調べると、(まったっくノーマークでまっさらなページに)遠心圧縮機の圧力比の式(5.36)※3がありました。
圧縮機入口圧力p1とディフューザ出口圧力pdの比は、
 p1/pd=(1+(K-1)MTt^2)^(k/(k-1))
 MT^2=(ω*rT)^2/(k*R*T1)
 MT:インペラ翼端マッハ数
 ω:角速度、rT:インペラ半径、k:比熱比、R:ガス定数、T1:圧縮機入口温度
これを計算すると、

表4.「クリモフVK-1」ディフューザ出口圧力比の計算値

になります。
まずはインペラ翼端速度がマッハ1.5(本当!?)
計算圧力比は8.6、実機資料値は4.4。

個人的には、この手の計算が初弾で計算結果と実機資料値との”桁”が合えば御の字です。※4
「いいんだよ、このままで進もう。」との声が天から聞こえてきます。※5
そして、遠心圧縮機の圧力比が、高度、速度で変化していくならば※6、上昇率の推移も変わります。

※3.ただし、p1,pdは、全圧ではなく静圧です。静圧で良い? 現有兵力(知見)では確認できず。
今後の兵力増強に期待する。
※4.本ブログは、このアバウト感であることを留意願います。
※5.表4の計算圧力比をそのまま使うことはなく、海面静止状態は資料値4.4を使い、各高度、各速度の圧力比は海面静止状態との比率で補正して遠心圧縮機の圧力比を再現します。
※6.軸流圧縮機(「F100-PW-100」、「J47-GE-27」)は、圧力比を一定としています。

Try4.遠心圧縮機の圧力比適用
各高度、各速度で求めた「p1/pd=(1+(K-1)MTt^2)^(k/(k-1))」の変化率で圧力比を補正すると、

図4.MiG-15bis計算モデルの上昇率における圧力比補正適用、非適用の比較

僅かですが、トロポポーズのでの変曲点が現れました。
(エクセルで、圧力比変更を適用させるIF文をにするとグラフがピクッと動きます。)
しかし、実機資料とは、まだまだ乖離があり、何かが足りません。

Try5.質量流量の補正
再び軸流圧縮機と遠心圧縮機の違いから考察していきます。
遠心圧縮機は圧力比が変化する。圧力比が増加すると、ディフューザ内の圧力が増加。
ディフューザ圧力の変動は、PV=nRTから空気密度も変動、質量流量も変動する。
との理論※7を適用します。
海面静止状態の圧力比「p1/pd=(1+(K-1)MTt^2)^(k/(k-1))」と各高度、各速度の算定圧力比の比率で質量流量を補正(比率を掛ける)します。

※7.聖典、資料には見当たりません、個人理論です。計算モデルの結果を実機資料に合わせようと引っ張り出した「桶屋理論」です。

図5.遠心圧縮機の圧力比、質量流量の補正を適用した計算モデルの上昇率(前出実機資料と重ねる)

推力は質量流量に比例するので、質量流用の補正により遠心圧縮機の圧力比変化がダイレクトに反映されます。
トロポポーズの変曲点は強調され、海面上昇率は実機資料値に近づきます。
高度0の上昇率が低下する原因は、機速によるラム圧縮で圧縮機入口温度は増加、温度増加は音速の増加になるのでMT(インペラ翼端マッハ数)は低下し、式の計算から圧力比が低下するためです。
逆に高度が上がると上昇率の変化は逆転します。
これは、高度が上がると大気温度は低下し、速度が増加するとラム圧縮による圧縮機入口温度は増加するので、丁度、高度14,000feet付近の(この機体諸元設定での)最大上昇率速度の圧縮機入口温度が海面上の温度と同等になり、それより上の高度では圧縮機入口温度は低下、圧力比が増加するためです。

Try6.機体諸元調整値の適用
「クリモフVK-1」の諸元設定、調整をしながら「MiG-15bis」のエネルギー機動ダイグラムの作成もしています。
MiG-15bisダイアグラムの作成からは、表3の機体設定(F-86F同等)の変更が要求され、以下の変更を実施します。
 ・亜音速領域の有害抗力係数 →MiG-15bisはF-86Fより抗力大
 ・飛行機効率(亜音速、迎角最大) →MiG-15bisはF-86Fより(迎角大で)揚力効率向上
 ・有害抗力係数の遷音抗力速立ち上がり →MiG-15bisはF-86Fより遷音速抗力のマッハ数が低い
 ・有害抗力係数の遷音速抗力マッハ数 →MiG-15bisはF-86Fより遷音速抗力のマッハ数が低い
詳細は、「MiG-15のエネルギー機動ダイアグラム作成」を参照願います。

機体設定を変更した計算モデルの上昇率は、より実機資料に近づきました。
遠心圧縮機「クリモフVK-1」搭載「MiG-15bis」の「機動性能計算.xlsx」による(現時点での)上昇率の最終結果です。

図6.遠心圧縮機(圧力比、質量流量)補正および機体諸元調整計算モデルの上昇率(前出実機資料と重ねる)

所感
F-86Fがサクサクといきましたが、MiGは一筋縄では行かなく不満の残る結果となりました。
とは言え、遠心圧縮機の圧力比計算や、軸流圧縮機と遠心圧縮機で上昇プロファイルに違いがあるなど、興味深い知見を得ることができました。

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