アフターバーナーを使わずに超音速巡行を可能とする技術要素
F-22が従来の戦闘機、航空機から飛躍した性能にスーパークルーズ(超音速巡行)があります。
燃料消費が劣悪のアフターバーナー(再燃焼による推力増強、リヒート)の力を借りずに、ジェットエンジン本来の圧縮、燃焼、タービン駆動、ノズル膨張から生み出される推力のみで超音速のクルージングを可能とする技術要素を見ていきます。
F-22の「ミリタリー推力」(アフターバーナーを使用しない推力、軍用推力、ドライ推力、以後、MIL推力と表記、アフターバーナー推力はA/B推力と表記)のフライトエンべロープを、F-15の「航空機性能計算.xlxs」をベースに作成します。
スーパークルーズが出来ないF-15の計算モデル諸元をF-22のそれに置き換えるだけで、MIL推力のフライトエンベロープは超音速領域まで延伸するのか?
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Step1.F-22搭載エンジンおよび機体の諸元(計算モデルの開始設定)
いつものように搭載エンジン、機体固有の諸元を書き換えます。
緑セルがF-22固有諸元値、ネットから検索してきたものです。
青字が調整値です。エンジンでは全圧損失、エントロピー効率およびアフターバーナー燃焼温度を調整することで、海面静止状態のMIL推力、A/B推力の計算値を実機の値へ合致させます。
機体の調整値は、誘導抗力係数の算定式に含まれる飛行機効率です。設定はF-15の値を使用。※1
緑字はフライトエンベロープ用計算モデルの総重量設定(機内燃料50%、機内搭載AIM-120Cx6)です。
※1.F-22に関するフライトエンベロープ、エネルギー機動ダイアグラムなどの実機資料(軍関係のものと思われる資料)、実機参考資料(フライトシミュレーションのマニュアル、データ類など)は、F-15と比べ少なく、F-15を基準にし、それを継続使用せざるを得ません。
F-15の飛行機効率の設定値については、ブログ「F-15のエネルギー機動ダイアグラム修正」を参照願います。

出典:Wikipedia(英文)「Lockheed Martin F-22 Raptor」
出典:Wikipedia(英文)「Pratt & Whitney F119」
「質量流量」出典:「Military Jet Engine Acquisition」Table 6.2
:https://www.rand.org/content/dam/rand/pubs/monograph_reports/2005/MR1596.pdf
「ファン圧力比」:低圧ファン部3段高圧圧縮機部6段から各段の増圧比を同じとして計算

マッハ数パラメータの最大揚力係数は、ストレーキ(LEX)の効果としてF-15の1.2倍(亜音速領域、超音速領域は同値)にしています。
有害抗力係数、ラム圧力回復係数はF-15と同じ設定で「開始」します。
誘導抗力係数は、F-15の飛行機効率とF-22のアスペクト比で計算。
Step2.F-22のMIL推力フライトエンべロープ(開始計算モデル)
では、試射を行い着弾を観測。
開始計算モデルの結果は図1です。 うーーん、MIL推力でM1.0オーバーだが・・・。
計算モデルの設定調整(推力増せ、抗力戻せ)に入ります。

いつものように舞台で考えると、舞台「MIL推力の超音速巡礼」は「推力」と「抗力」の葛藤です。
「推力」は舞台の背景が超音速なので出演する俳優は「ラム圧力回復」。
「抗力」の俳優は「有害抗力」と「誘導抗力」の二人がいますが、舞台状況の動圧はたっぷりあり、フライトエンベロープなので必要とする揚力は1G、最大揚力係数を要求される状況ではないことから、「誘導抗力」ではなく「有害抗力」が舞台に上がります。
Step3.「ラム圧力回復係数」の調整
ラム圧力回復係数の調整による最大速度の増加は、不可能でした。
計算モデルで使用する「ラム圧力回復係数」は図2に示すよう、M1.125での値は限りなく1に近く「0.99992」です。
このため、ラム圧力回復係数を1に調整し推力を増加させても増加量は微々たるもので、最大速度の変化はありませんでした。
これは、エクセルのセルをM0.025間隔で分割して計算をしており、M1.125の次のセルM1.15では、
推力<(有害抗力+誘導抗力)を抜けられなかったからです。
F-22の流用元F-15のラム圧力回復係数については、ブログ「F100-PW-100ターボファンの計算-2」を参照願います。

Step4.「有害抗力係数」の傾向と相関性を有する指標
「推力」の調整でスーパークルーズができなく「抗力」の調整をします。
有害抗力係数は、図3の資料を参考にしています。

出典:「Aerodynamic design and evaluation of an open-nose supersonic drone」:Sage Jpurnals
画像アドレス:https://journals.sagepub.com/cms/10.1177/09544100221084389/asset/images/large/10.1177_09544100221084389-fig4.jpeg
この資料の中にF-22は無く、F-22計算モデルの有害抗力係数は推定をしなければなりません。
同じく資料に無いMiG-25のエンベロープ作成では、ブログ「MiG-25のフライトエンベロープ作成」の所感で記したようにA-5ビジランティとの(疑惑の)関連性があったので、資料中のRA-5Cを試し良好だったので、そのままMiG-25の有害抗力係数で使いました。
では、F-22はどうするか?
図3資料に示す、各機体の有害抗力係数を決定する(とは言い過ぎで、傾向が見えてくる)機体側の要因を求め、その要因を指標とし有害抗力係数を推定することを試みます。
最初に思いつく指標候補は、航空力学の基本から「後退角(25%翼弦)」と「翼圧比(翼根と翼端の平均)」で、これと有害抗力係数の相関性を見てみます。
後退角と翼圧比を横軸、有害抗力係数(超音速領域はM1.5を代表とします。)を縦軸でプロットすると、

・後退角を大きくすると超音速の有害抗力係数は減少します。
・翼厚比を小さくすると有害抗力係数は減少します。
教科書の通りです。
しかし、この関係を使って有害抗力係数を推定するには有害抗力係数のばらつきが大き過ぎます。
また、翼厚比の点群を一歩引いて眺めると二つのグループに分かれているようにも見えます。
何か他の指標はないのかと色々と試すと、図5の機体寸法の比率で整理すると点群は直線に収束してきました。

L:機首から翼端の前縁端までの距離(ピトー管含まず)
S:翼前縁の翼端幅
h:機首の高さ(キャノピー含む、エアーインテーク含まず)
このL、S、hから「S/L」と「h/L」の比率をつくります。
(F-14は、亜音速領域では主翼後退角20度、超音速領域では68度で求めます。)

まだ点群の収束は不十分です。この2値をより強調するよう両値を掛けます。
前縁縦横比:(S/L)x(h/L)
この「前縁縦横比」でプロットすると、

二つのグループに明確に分かれ、各グループの相関関係は良好になります。
エクセル近似曲線のR2乗値(寄与率)は上側が0.92,下側が0.98!
二つのグループの中の機種は、開発要求、要求を達成するための技術課題に類似性があります。
有害抗力係数が低い側の超音速戦略爆撃機、超音速侵攻艦載機とセンチュリーシリーズは、超音速領域での有害抗力の低減を重視するタイプ。
係数が高い側のFティーンは亜音速領域でのドッグファイト、可変後退翼機は着艦性能、低アスペクト比直線翼機は着陸性能を重視し、亜音速での飛行性を重視するタイプと言えます。
超音速領域と同様に亜音速領域の有害抗力係数と前縁縦横比との相関関係を見ると、

おおー、これは1本の直線になる。 うん?トムさんだけ・・・。
R2乗値は0.94(F-14を除いたもの)、これも相関性良好。
F-14は着艦性能確保から可変後退翼機能を目一杯使い後退角を28度にするため、S/Lが1.47になり前縁縦横比が他機と比べ過大になります。
可変翼機F-111、B-1、トーネード、Tu-22Mバックファイアは、トムさんの仲間になるのか?
Step5.F-22の「有害抗力係数」の推定
前縁縦横比からF-22の亜音速、超音素領域で有害抗力係数を推定します。
F-22の前縁翼幅比は1.10、前縁機首高さは比0.18、これから前縁縦横比は0.19になります。

前縁縦横比0.19を相関式(エクセルでの近似式、回帰曲線)に代入しますが、超音速領域ではどちらのグループにF-22は入るのか?
亜音速重視グループに入れると、有害抗力係数はF-15以上になり、超音速巡行は不可能です。
従って、超音速重視グループに代入します。
これから、F-22の超音速有害抗力係数(M1.5)は、0.0462。

M1.5はこれで決まりますが、超音速領域全般の係数推移はどうするか?
図3の有害抗力係数の推移を見て行くと、これもグルーピングができます。
「F-16とF/A-18は他のグループと違い、遷音速でピーク(山の頂)が無く、フラットな階段状の推移」をしています。
これは、開発が新しいF-16とF/A-18は細部の衝撃波を抑制し、遷音速で抗力を不必要に増加させることなく超音速に移行するのでは?
と考え、ピークレス、フラットカーブを採用します。(シンプルに進めたい思惑もあります。)
これで、F-22計算モデルの遷音速領域、超音速領域の有害抗力係数カーブのプロファイルは決定できました。
亜音速領域にも相関式に前縁縦横比0.19を代入し、F-22有害抗力係数(亜音速)は0.0262を使用します。

また、図10,11には、MiG-25の前縁縦横比0.115も代入しています。これをも見るとRA/5Cに接近しており、MiG-25のフライトエンベロープ作成で、RA-5Cの有害抗力係数の使用は妥当性がありました。
Step6.F-22のMIL推力フライトエンべロープ(有害抗力係数:前縁縦横比値)
F-16の有害抗力係数をベースに、前縁縦横比から求めた亜音速領域係数0.0262、超音速領域係数0.0462でF-22の有害抗力係数を設定します。
設定した有害抗力係数を使用するF-22のMIL推力フライトエンベロープは、最大速度M1.4。
最大巡行速度マッハ1.58(出典:Wikiedia「F-22(戦闘機)」「エンジン」)に至りません。

Step7.F-22のMIL推力フライトエンべロープ(有害抗力係数:修正値)
良くはなりましたが、ここまで近づくと欲が出ます。
M1.58となる有害抗力係数を逆算で求め設定値にします。※2
MIL推力最大速度がM1.58となる超音速有害抗力係数は、0.0415でした。
※2.最初からこうすれば、即、超音速巡行エンベロープになりましたが、前縁縦横比と有害抗力係数の相関性、超音速領域での有害抗力係数の二つのグループ、前縁縦横比から求めた有害抗力係数によるエンベロープの結果を経ることで、計算モデルに縦深性が構築されます。

この設定でのMIL推力フライトエンベロープは、図14になります。

Step8.F-22のA/B推力フライトエンべロープ(MIL推力M1.58巡行モデル)
Step7.までのMIL推力でM1.58クルージング可能な計算モデルのA/B推力エンベロープは、以下になります。

特に、これはおかしいとすると所は無いのですが、制限マッハ数2.25の高度上限コーナは、他のエンベロープと比べると不自然な切り立ったものです。もし、マッハ数制限(温度制約によるもの)が無いならば、M2.25を超えて速度はさらに増加していくラインです。
工業製品として考える場合、マッハ数制限は技術的限界ではなく、設計仕様(ユーザはどのような戦闘機を欲しているのか)によるものであり、その仕様に合わせて丁度M2.25で温度上限に達するよう熱設計をします。
従って、M2.25以上の速度性能を可能とする設計は過剰品質であり、抗力の空力設計、推力のエンジン設計も上限がM2.25になる設計をすると考えられます。
この考えを計算モデルへ反映します。
Step9.F-22のA/B推力フライトエンべロープ(ラム圧力回復係数修正モデル)
速度限界がM2.25+になるよう抗力、推力を修正します。
図13のF-22計算モデル有害抗力係数が、M1.58以降、M数の増加と共に増加することは、あり得ません。
ならば、ラム圧力回復係数になります。F-22のインテークは非可動であり、設計点をM1.58+にすれば、それ以上のM数でラム圧力回復の効率は低下していきます。
そこで、M1.6以降のラム圧力回復係数を調整し、A/Bエンべロープの最大速度高度上限の肩に丸みをつけます。
ラム圧力回復係数の調整し、以下の修正を行いました。※3
※3.調整の度合いは、まったくの個人的な想定によるものです。


Step10.F-22のフライトエンべロープ(最終モデル)
以上の固有諸元設定、有害抗力係数推定、有害抗力係数修正およびラム圧力回復係数修正を経た最終計算モデルによるF-22のフライトエンベロープを図18に示します。

所感
スーパークルーズを可能とする技術構成にするには、搭載エンジンのF199-PW-100※4と共に、機体の有害抗力の低減を必要としました。
今回、有害抗力の推定に、前縁縦横比(個人の趣味の産物)を指標としましたが、両者に相関性はあるように見えます。
この両者の相関性は、前縁縦横比の機体設計が超音速での有害抗力を低下させる原因になるものではなく、超音速領域での有害抗力の低減を重視する機体設計をした結果、前縁縦横比は、この値になる(なってしまう、ならざるを得ない)との認識です。
F199-PW-100と超音速領域での有害抗力低減のペアーによるF-22のスーパークルーズ。では、センチュリーシリーズの機体にF119-PW-100を搭載したら、スーパークルーズは可能か?
計算モデルの世界ならば可能と思われます。
ただし、ステルス性の無い機体の高度20,000m以下、M3クラスではないスーパークルーズによる敵地侵攻は、地対空ミサイルの巣窟へ足を踏み入れ、(脅威度は未知数だが)MiG-25による長射程空対空ミサイルとのチキンレースを演じることになります。
単一の技術ブレイクスルーではなく、複数のニーズ(空軍が要求する飛行高度、速度、極めて高い陰密性による彼我の状況認識の非対称性)と複数のシーズ(低バイパス比大出力エンジン、超音速での抗力低減、ステルス性能の保有)からF-22は成り立っています。
※4.カテゴリー「ジェットエンジン.Calc」で、F-15搭載エンジンF100-PW-100,200との比較をしたいです。バイパス比を0.3にすることで高空高速性能はどうなるのか?