エネルギー機動ダイアグラムのPs(エネルギー比率)が上昇率になる理由の考察
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エネルギー機動ダイアグラム
エネルギー機動ダイアグラムは、一定の高度における速度[マッハ]を横軸に、旋回率[度/秒]を縦軸にし、旋回の荷重倍数[G]、旋回半径[nm(nautical mile、海里)]、[feet]、[m]の補助線を加え※1、Ps(エネルギー比率)をプロットしたダイアグラムです。

図1.高度5,000mにおけるF-15A計算モデルのエネルギー機動ダイアグラム rev.3
出典:「F-15のエネルギー機動ダイアグラム作成 rev.3」
※1.等速円運動の舞台には、速度、加速度、角速度、半径の4人がいます。このうちの二人が演技をすると、残り二人の演技もそれに合わせなくてはいけないので、舞台上の4人は唯一に決定されます。
これから、横軸、縦軸で速度と角速度(旋回率)が決まるダイアグラム上の任意の点は、速度、加速度、角速度、半径の等速円運動の全ての情報を示しています。
なお4人のプロフィール(代用的単位)は、速度V[m/s][マッハ]、(向心力の)加速度a[m/s^2][G](荷重倍数、9.8[m/s^2]を基準とした加速度の比)、角速度ω[rad/s][度/秒]、半径R[m]
Ps(エネルギー比率)の求め方
Ps(エネルギー比率)の定義式は以下であり、式中の値を設定しPsを算定していきます。
Ps=V・(T-D)/W=速度・(推力-抗力)/機体重量
初めに作成するダイアグラムの高度を設定します。
次に横軸の速度[M]と旋回[G]を決めます。高度から音速[m/s]が分かるのでマッハ数を速度V[m/s]に変換し、速度[m/s]と旋回の加速度[G]→[Gx9.806m/s^2]から縦軸の旋回率[rad/s]→[度/秒]を求めます。これにより、ダイアグラム上の一点が定まります。
機体性能である推力Tと機体重量Wの式中の値を設定します。
高度から空気密度ρが分かるので動圧(1/2ρV^2)が求まり、揚力、抗力の空力計算が可能となります。抗力は、有害抗力と誘導抗力を足したもので、誘導抗力は揚力により変動しますが、旋回Gを決めているので誘導抗力は算定でき、抗力Dが求まりす。
以上から、V、T、D、Wが定まり、Ps値は算定できます。
なお、上記の計算順序は一例です。
余剰推力
(T-D)の取る値は、(T-D)<0、(T-D)=0、0<(T-D)のどれかになります。※2
0<(T-D)の場合、推力に余裕(余剰推力)があり、最初に設定したGの旋回をしていても、さらに増速、上昇が可能です。
逆の(T-D)<0の場合は、空力ブレーキが掛かっている状態なので、減速していくか、減速がいやなら降下をしなければなりません。
(T-D)=0は、抗力と推力が均衡し水平等速旋回の持続が可能ですが、それ以上のことはできません。
※2.同じ高度で同じ速度で同じGで旋回をしても、抗力Dは機体の空力性能で決まり、推力Tはエンジン性能から決まるので、機種により(T-D)の値は異なります。
余剰推力重量比
Psの式は、(T-D)を機体重量で割っています。これは、航空機(特に戦闘機)の性能解説で使われる「推力重量比」の余剰推力版です。
(T-D)/Wの単位ですが、これは2種類の系統があります。
物理の教科書(国際単位系)では、力(ちから)[N]を重量(質量)[kg]で割ると加速度[m/s^2]になります。
もう一つが重力単位系です。力の単位は[kgf]※3、これを重量で割ったものは無次元の比※4で扱います。
Ps(エネルギー比率)の式は、ボイドが「エネルギー機動性理論」を提唱した時代からも、米国のヤード・ポンド法からも重力単位系が使われている式です。
※3.[kg重]、その昔は単に[kg]と表記。重力単位系は、「日本では、1999年10月以降は、重力単位系に属するすべての計量単位は、法定計量単位ではなくなり取引・証明に用いることは禁止されたので、これ以降は使われていない。」(出典:Wikipedia「重力単位系」)
※4.「機体の総重量に対する推力重量比が1を超えると揚力を得る為の主翼を必要とせず、垂直上昇が可能になる。」(出典:weblio辞書「推力重量比」)の”1”が単位の無い比です。
Ps(エネルギー比率)は、何故、上昇率になるのか?
余剰推力(Psが正値)を使って上昇することを考えます。この時の条件は、速度は維持したままで余剰推力を最大限利用した上昇とします。この時の上昇率はいくつになるのか?上昇角は何度になるのか?
幾何学的な関係は、下図になります。

図2.余剰推力による速度を維持した最大の上昇角、上昇率の関係図
上昇角θで上昇すると、θ度の坂道を登ると同じで重力の速度方向成分を減速方向に受けます。
余剰推力を過不足無く利用した上昇とは、
①.余剰推力/重量=重力/重量(速度方向成分)
になることです。
また、図に示すよう重力の速度方向成分と垂直方向との角度は上昇角と同じθになります。
sinθは、重力/重量(速度方向成分) / 重力/重量(垂直方向)ですが、重力単位系から重力/重量(垂直方向)は、”1”([G])で扱うので、
②.sinθ=重力/重量(速度方向成分)
さらに、
sinθ=余剰推力/重量
になります。
上昇率は、速度と上昇角から、
➂.上昇率=速度・sinθ
で求まるので、sinθ=余剰推力/重量を代入して、
④.上昇率=速度・余剰推力/重量
になることから、
Ps(エネルギー比率)=速度・(推力-抗力)/重量=上昇率
になります。
ここで、速度が[feet/s]なら上昇率は[feet/s]になります。
国際単位系で計算する場合は、sinθの分母、分子は加速度になるので、重力/重量(垂直方向)は9.806[m/s^2]で扱い、
sinθ=余剰推力/重量[m/s^2]/9.806[m/s^2]
とする必要があります。
補足
上昇角θが大きくなると、重力/重量(直交方向成分)は1Gより小さくなり飛行に必要とする揚力は減少します。揚力の減少は誘導抗力を減少させ、余剰推力が増加するので、厳密には、Ps(エネルギー比率)=上昇率になりません。
また、余剰推力/重量は、”1”を超える場合(高度0mの第四世代戦闘機など)があり、そのまま計算すると速度以上に上昇することになるので、Ps(エネルギー比率)は上昇率で定義されるものではなく、Psは定義式で定義される値です。